それからしばらくの間、恐ろしいくらい裂け谷は静まり返っていた。


あの双子ですらあまりの居心地の悪さのあまり、
ギルドールがいるにも関わらずオーク狩りに出かけたくらい。



エレストールはいつもと変わらず黙々と執務をこなしている。

だが、やはりどこかぴぃんと張り詰めた糸があるようで一瞬たりとも気を抜けない。


グロールフィンデルも事情を知っているだけに
何も言えずに出来るだけ外での仕事を中心にこなしている。


だが、一番居心地の悪いのはギルドールだろう。


あのあと、からもエレストールからも何も言われない。


ただ、グロールフィンデルから妙に剣の稽古を申し込まれるような気がする。

しかも真剣勝負。



さすが英雄と歌われる金華公。

ギルドールは自分の身を守るだけでやっと。


ギルドールの叫び声をBGMとして着々と執務をこなすエレストール。



「卿、この書類にサインをしてください」

「え?あ、ああ…」


書類に目を通しさらりとサインをするとエレストールに返す。


「なぁ、エレストール」

「何でしょう?」


エルロンドの問いにも手を止めずに返事をする。



「最近との授業をしていないようだが…大丈夫なのか?」


それにはエレストールの肩が少しだけぴくりと動く。


「仕事がありますので」


簡潔に答える。

だが、その答えで何かあったと察したエルロンド。


「だが、急ぎの仕事は無いし…」

「大丈夫です。姫はとても賢い方です。
 これ以上私の教えは必要ないでしょう」


その言葉はまるで自分に言い聞かせるような言い方。

エルロンドは何か言いたそうだったが、
それを言う前にエレストールは執務室を出て行ってしまった。







ゆっくりと光が差す渡り廊下を歩くエレストール。

そこから見える中庭ではが椅子に座り景色を眺めている。


風になびく真珠色の髪が本当に美しい。



からはエレストールの姿は見えないだろう。

あえてそのまま声を掛けずにエレストールは立ち去ることにした。





それから数時間、すっかり太陽も隠れ月が輝いている頃。

ずっと書庫で調べ物をしていたエレストールは再び渡り廊下を歩き、
自室へと戻ろうとしていた。


すると、中庭に差し掛かったところで、
日中の時と変わらないようにまだが椅子に座ってそこにいたのだ。


もう夜になり風も冷たくなってくる。

また、いつまでもここにいるのはもしかしたら何か身体に異常がきたしたのかもしれない。


普段だったら迷わず声を掛けて室内へ連れて行くが、今回は声を掛けにくい。



表情や行動事態にはあまり出ていないが、エレストールはの言葉にショックを受けていたのだ。


谷にいるエルフの中で少なくても好かれていると思っていたから。

そして、エレストール自身も主の娘、という以外の感情もあったから。




だからこそ、の言葉が胸に突き刺さる。



しかし、そのままいつまでもこのような状況でいられるほどエレストールは女々しくは無い。

どんな状況であれ夜遅くまで外にいるのは望ましいことではない。




静かにの元まで歩いていくと意を決して声を掛けた。



「…姫、もう部屋へ戻ってください。
 風が冷たくなってきました」


少しだけ肩がピクリと動くが特に返事はなし。

エレストールとしてはやはり自分は嫌われているから返事もしたくないのだろう、と
思うのだが。


どうやら様子が違うようで。


の背中に声をかけていたのでこんどは前に回りこんでに声をかける、が。





「姫…一体どうしたんですか?」



エレストールの灰色の瞳が大きく開かれる。




は泣いていた。


泣き始めたのは数分前ではないだろう。

腫れた目に頬には幾筋もの涙の跡。


手にもつハンカチは涙で濡れている。


まさか自分が日中を見ていたあの時から、いやそれより前からは泣いていたのか。



「姫…なぜないているのですか?」

だが、は何も答えずただただ首を左右に振るばかり。




「あ、あたし…あたし…」


嗚咽を上げながら更に涙は零れ落ちる。


どう声を掛けるべきか分からないエレストールは困惑するばかり。


博識として名高い顧問長は短時間で考え抜いた答え。

それが正しいかは分からないが、とりあえず行動に出してみる。


「姫、少々お待ちください」



そう言って足早にその場を後にする。

が、戻ってきたのは1分もたっていないくらい後。


彼の手には水に濡れたハンカチがあった。


「姫、これで目を冷やしてください。
 せっかくの美しい瞳もそんな腫れた瞼では台無しです」


それにはも思わず涙を止めて驚く。

きっと怒っていると思っていた顧問長が、まだ自分を気に掛けてくれたのだ。



冷たい水に濡れたハンカチを無言で受け取ると上を向き静かに両目の上に乗せた。



エレストールもそれを確かめるとゆっくりとに背を向ける。

「では、私はこれで…」


「待って!!」


立ち去ろうとするエレストールを目を塞いだまま呼び止める


「姫…?」


不思議そうにの方を見る。



「どうしてそんなに優しいの!?
 あたしはあんなに酷いことを言ったのに…どうして…」


目は隠されたまま。

きっと目を合わせて話せないと思ったからだろう。



「貴方が私のことを嫌いでも…私は貴方を大切に想うからです」


その言葉には無意識にハンカチを地面に落とし彼の身体に抱きついた。


身長差からの顔はエレストールの胸にも届かない。

それでもは必死に彼の服に顔をうずめ嗚咽しながら言葉を繋ぎ続けた。



「あたしっ…嫌いなんて嘘だから…嫌いなわけ無いから……っ…
 大好きだよ…エレストール……大好きだからっ……」



驚くばかりのエレストール。

だが、の言葉を聞き、心に引っかかっていた蟠りがすぅっと消えるようだった。


そしての頭を優しく撫ぜるとまるで風の詩のように優しく言った。


「私も……大好きですよ……姫…」














次の日、とても天気が良いのでまたテラスにてエレストールの授業が繰り広げられていた。


「おや、あの二人ややっと仲直りしたようだな」


その光景をなぜかよれよれになりながら見ているギルドール。

「それは良かった。これでゆっくり休めるな」


彼の後ろから現れたのはグロールフィンデル。

ちなみに彼の右手には愛剣が握られている。



「本当、ここ最近ずっと君にいつ殺されるかヒヤヒヤしていたからな」


冗談のような本気な話。

その言い草にグロールフィンデルはにやりと笑っていった。




「もし、また姫を泣かせるようなことがあったら……
 マンドスへの紹介状を書いてやるから安心しろよ」


さすがバルログバスターといわれるグロールフィンデル。

その言葉には重みがありまくりだった。




乾いた笑いしか出ないギルドール。

彼がこの裂け谷から出て行くのは時間の問題だろう。










そして、ギルドールが帰るという日。

は彼と二人で話をしていた。



、今回のことは本当にごめんね」

「ううん。あたしも悪いんだもの。気にしないで」


気にしないでと言われても、また同じことを繰り返しては
いつ金の獅子に殺されるか分かった物じゃない。



「で、結局のところはエレストールのことどう想ってるの?」


するとは数歩彼に背を向けて歩きくるりと振り返った。




「愛しているわ」


風になびく真珠色の髪が太陽の光にキラキラ輝いて美しい。

それ以上にの笑顔はどんな美しい宝石よりも輝いていた。












das Ende


おまけ


「ところで、エレストールに告白したけどどうだったの?」

「えぇ!?なんでしってるの!?」

「あれだけ大きい声で泣いていたら館にいたエルフには聞こえていたはずだよ」


真っ赤になる

だがすぐに彼女は肩を落としため息をついた。


?」

「あたしは確かにエレストールに“大好き”って言ったし彼も“大好き”と言ってくれたけど…」

「けど?」


「それって、恋愛感情じゃなくて親愛ってかんじだったのよね…」



大きくため息をつく


乙女心は複雑なようです。







おわり


2004/08/10



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はい、実はこの話書き始めたのは結構前で、ずっと放置していたんです。

で思い出してかいてみたんですが・・・思いのほか長いですね…。

我ながら驚きました。


さて、今回ギルドールを出したいがために書いた話だったりしますが(ぇ
彼、もうふんだりけったりですね(死語)

まぁこの話自体は番外編なのであまり深く考えないでください…。


余談ですが、実は仲直りのシーン、初めはエリーの膝枕の予定だったり…
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