「あの二人はまだ仲が悪いんですの?」


に母乳を与えながら尋ねるケレブリアン。

それに苦笑いで返事をするエルロンド。



彼女は元々ロスロリアンにいたが、今回を裂け谷で育てるにあたって
時々に母乳を与えたりするためにこうしてここに訪れていた。

だが、裂け谷にいる期間が長いためどちらかというと裂け谷に来ているというよりは、
裂け谷に住みたまにロスロリアンに帰っているという状態。


そのためロスロリアンの警備隊長を務め、ケレブリアンの護衛を任されている
ハルディアはすっかり裂け谷に馴染んでしまっていた。



「まったく…武官長と顧問長ですのよ。
 仲良くしていただきたいものですわね」

「そうだが…。
 あの二人は全く性格も正反対だからな…。
 むしろ仲良くするのが難しいかもしれないな」

何事も一人で背負い込むタイプのエルロンド。

部下の人間関係に頭痛まで覚える。


「貴方がそこまで気負いすることはありませんわ。
 はい、をお願いいたします」

おなかいっぱいになったをエルロンドに渡し服を調える。

エルロンドもを抱き上げると肩口にガーゼを乗せにげっぷをさせる。



「気負いするな、と言われてもな…」

窓の外から見える渡り廊下。



そこには噂の張本人の顧問長と武官長。

なにやらまた意見の行き違いがあったらしく口論をしている模様。



「グロールフィンデルは武の実力は確かですし警備も完璧ですわね。
 エレストールもそのすばらしい知識と部下を動かす指導力、顧問の長としては素晴らしいです」

「しかし…あの二人が仲良くなりもっと協力的になれば
 さらにいい仕事ができると思うんだが…」


エルロンドはの口元を拭いてやりながらため息を付く。

その横では少し考えているケレブリアン。



「……私、良いことを思いつきましたわ」

「良いこと?」

「えぇ、いいことですわ」


にっこりと微笑むケレブリアン。

彼女は父であるケレボルンに容姿も性格もそっくりだが、
こうやって微笑む姿はエルフの中でも偉大といわれるガラドリエルそっくりだった。



こそこそとエルロンドに耳打ちをする。

初めは不思議そうに二人を見上げていただが、
おなかいっぱいで満足したのかゆっくりと夢の小道に意識を飛ばした。




この『良い事』が、明るみに出たのは次の日のこと。









   ************************************





次の日の朝、グロールフィンデルは朝早くから見回りに出ていた。


朝の冷たい空気の中アスファロスで駆けるのはなかなか気持ちが良い。


幸いオークどもの気配も全くなく今日も裂け谷は平和、そう思っていた。



「確かハルディアはまだいたな…。
 剣の稽古に付き合ってもらうか」

独り言を呟くとハルディアたちロリアンの警備兵達に宛がわれた客室へと足を運ぼうとする。



だが、それはある一言で遮られてしまった。



「な、な、な、なんですってぇぇぇっっっっ!?!?!?」



その叫び声に鳥達は羽ばたき小動物たちは茂みへと隠れた。

グロールフィンデルもその声のした場所へ駆け出す。


声の場所は恐らく執務室。

こんな朝早くから執務室にいるエルフなんてこの裂け谷でただ一人。



「何だ、エレストール。
 朝っぱらから煩いな…とうとう女にでもなったか?」


こんな状況でよくそんな恐ろしい冗談を言えるものだ。

間髪いれずにグロールフィンデルに向かってエレストールが常に隠し持っている
ナイフが投げられた。

それをひょいと無駄な動き一つせず交わすグロールフィンデル。


「貴方はこんなものを見てもそんな冗談をいえますか!?」


投げつけられた一通の手紙。

紙、印、宛名の書いてある筆跡を見ても恐らく裂け谷の主の奥方、ケレブリアン。


すでに開けられた封筒の中から手紙を出し読み始める。

流れるようなシンダール語で書かれた手紙には以下のように書かれていた。




『親愛なる顧問長エレストール、武官長グロールフィンデルへ

 いつも裂け谷を守り我が夫エルロンドを支え、私の子供達を愛してくださり
 本当にありがとうございます。

 先日も生まれ裂け谷で育てるということで不安もありましたが、
 貴方達のお力添えのお陰で安心して任せられると感じております。

 エレストールのマイアにも劣らぬ知識、
 グロールフィンデルの上級王にも負けないくらいの武の力。

 二人の噂はロスロリアンにまで届き、男性女性ともに憧れの対象です。


 そんなお二人にならこの私の悩みを相談しても良い、そう考えこの手紙を残しました。



 エルロンドと結婚して1500年ほど経ちました。
 結婚後20年ほどで双子のエルラダン、エルロヒアが生まれその約100年後にはアルウェンが。
 その後は私はロスロリアン、エルロンドは裂け谷にいたためあまり
 一緒の時間はありませんでした。


 と、いうことで私の悩みというのは、エルロンドと独身時代に戻って
 甘い時間をすごしたいということですわ。


 やはり子供がいるとそれも中々叶いませんし、私もロスロリアンへ戻らなければなりません。

 はめったに泣きませんし、手を煩わせることも少ないと思います。
 だからよろしくお願いいたしますわね。

 私はエルロンドと1週間ほど愛の逃亡生活に入りますわ。


 あ、エルロンドがいないことにより結界が弱まりオークに襲撃されかねませんが、
 我がロスロリアンの優秀な警備兵達が裂け谷の結界のすぐ外に配置させておきました。
 裂け谷の武官の方々もとても優秀ですので1週間くらい大丈夫でしょう?

 そうそう、無駄な騒ぎを減らすために双子も一緒に警備に配置させました。
 と、いっても早々にオーク狩りに逃げ出していることでしょう。



 それでは、と裂け谷のこと頼みましたわよ


 ケレブリアンより』




「………は?」

なんとも間抜けな言葉を発するグロールフィンデル。


「貴方はまだシンダール語が読めないんですか?」


呆れるエレストール。

グロールフィンデルが黄泉帰りしたばかりのころ、彼はクウェンヤ語であったが
今ではシンダール語が日常語。

そのため、必死に覚えたのだ。



「失礼な、いつも報告書はシンダール語で書いているだろう」

「何を言いますか。シンダール語とクウェンヤ語の入り乱れた報告書なんて。
 ましてや貴方の書く報告書はもっとも重要な部分が抜けている場合が多く
 報告書の意味を成していません」

「なんだと?じゃあ現場に出てみたらいいだろう。
 のうのうとデスクワークばかりしていたら
 外へ出ている武官達の大変さ何て分からないだろうし」

「では、貴方は外で何のストレスも感じずただオークを切り刻むだけなので
 顧問官達の苦労も知らないでしょう?
 経費の問題や仕事のトラブル、外交の問題に無縁なんて何て羨ましいことでしょう」

「お前は本当に嫌味っぽいな。
 だから外見も相成って女々しいと言われるんだ。
 いっそ今から実は女だったと言って見たらどうだ?」

「そうやって外見の中傷しか出来ない貴方は子供の証拠ですね。
 上古エルフの一人の癖に頭は弱いし、すぐトラブルを起こすし。
 マンドスの館で厄介払いされ中つ国に来たんじゃないですか?」



なぜこんなことが起こるのだろう。

いつまで経っても終わらない二人の言い合い。


だが、それはすぐに終わりを告げる。



「あんぎゃぁぁぁぁぁっ!!」


敵襲か!?と言いたくなる位の騒音、もとい泣き声。

場所はの自室がある別館。



許可が無いと入るどころか近づくことすら出来ない。


「お、おい。
 ケレブリアン様の手紙に追伸があった…」



『P.S.

 の部屋がある別館には必要に応じて入る許可をします。
 もちろん2人以上であることが条件ですわよ。』


それを読んだ二人は同時に執務室を飛び出し別館へと向かった。






別館のについている侍女たちがおろおろと慌てた表情。


「姫の泣き声で部屋に来たんですけど…どうやらおなかがすいているみたいで…。
 ケレブリアン様は…?」

少し開いたの部屋を見ると他の侍女が必死にをあやしている。


「……とりあえず哺乳瓶にミルクを…」

「え?ケレブリアン様は…?」

「不在です…」


驚く侍女達。

だが、いつまでもそのままではいられない。


急いで厨房へ向かいミルクを作りに行った。


次にの部屋に入る二人。

グロールフィンデルはを預かると優しく抱き上げ身体を揺らしながらあやす。

いつも遊んでくれるグロールフィンデルが来てくれたせいかも多少は落ち着いた。


「どうする?」

「どうするって……とりあえず手紙を発見したのは朝早くです。
 もしかしたらまだ近くにいるかもしれません。
 貴方は卿と奥方の探索を武官達に指示しなさい」


そういうとエレストールはを受け取り執務室へ足を進めた。

「おい、どこ行くんだ?
 姫のこと侍女達に任せたほうがいいだろ」

「奥方は私達二人に姫を託されたんですよ。
 いかなる事情があろうとそれにそむいてはいけません。
 ……だから、早く卿と奥方を見つけ出しなさい!」


調度哺乳瓶を持ってきた侍女からそれを受け取ると、
体温程度の温度か確かめた後に、の口元へそれを近づける。

予想外に手馴れた一連の動作に言葉をなくすグロールフィンデルの侍女達。


「早くしなさい。急がないと卿たちはどんどん遠くへ行ってしまいます。
 手紙の文面から察するに結界の外にはハルディアたちもいるでしょう。
 意地でも情報を聞き出すんです!」


エレストールに命令されるのは気に喰わないが、意見はグロールフィンデルも一緒。

と、いうことで彼は指笛で武官達に集まるよう合図を出す。


しっかり教育された武官達は1分も経たないうちに館の入り口付近に集まるだろう。

グロールフィンデル自身も集合場所へと一気に駆け出した。









しかし、案の定とでも言うべきかエルロンドとケレブリアンは見つからなかった。

結界のすぐ外に配置されたハルディアや他の警備隊たちに事情を聞きだそうとするが。


「……1週間だけ…犠牲になってくれ…いや、私達の苦労を味わってくれ…」

なんだか泣きそうなハルディア。


彼は今はケレブリアンの護衛をしているものの
普段はロスロリアンの領主ケレボルンとガラドリエルの護衛をしているのだ。


あの有名な女王様と下僕…ではなく色んな意味で最強夫婦。

結婚して何千年も経つくせに未だに新婚夫婦。


そんな全然周りの迷惑というものを考えない夫婦の護衛をしているのだ。

今回くらいその苦しみの一部を味わってくれてもいいだろう。



グロールフィンデルはなんだかハルディアが哀れに思えた。


(……裂け谷って本当に平和だったんだな…)

そう思わずにはいられないグロールフィンデルは
この1週間、そりの合わない同僚と共に育児をしなければならない事実に頭痛を覚えた。









一方その頃、大々的な捜索までされているエルロンドとケレブリアンは。


「ずいぶん遠くまで来たな…」

「えぇ…本当に…」


ずっと駆けて来た馬を休ませるために小さな湖に来て休んでいた。


「今頃裂け谷は大混乱だろうな…」

「大丈夫ですわ、エレストールもグロールフィンデルも
 他のエルフ達もとても優秀ですもの」

「し、しかし…結界が弱まりオークが侵略してきたら…」

「ですからハルディアたちだっていますわ。
 オークが侵略するどころかオークの巣の1つや2つをつぶすことだって出来ますわよ」


「しかし…しかし…」


どこまでも心配所なエルロンド。

そんな夫の様子に少し悲しげの表情を浮かべるケレブリアン。


「久々に夫婦二人きりなのに…そんなことばかり気にするなんて…
 私は悲しゅうございます…」

「す、すまない…ケレブリアン…。
 わ、私もそなたと久々に二人きりで…その…嬉しく思う…」

赤くなりながらもそっと肩を引き寄せるエルロンド。



お互い想いを告げる前の片想い時代(本当は両思いだった)ころから
何かと奥手のエルロンド。

ようやく夫婦になった今でもこんな初々しい様子を見せてくれる。

ケレブリアンはそんな夫が愛しくて仕方がなかった。


「折角1週間二人きりですのよ。
 いろいろな場所へ行きましょう」

「あぁ、そうだな。
 でも、危険な場所はだめだからな」

「もちろん存じ上げておりますわ。
 星の輝く場所や美しい花が咲くところ、あ、人の子の街にも行って見たいですし…
 小さい人の住む場所も見てみたいですわ」



1週間程度で全てを回るのは不可能だろう。

だが、それでも良いのだ。


ただ二人で居られたら。



ケレブリアンのはしゃいだ姿に頬を緩めずに居られないエルロンド。

二人ともお互い見詰め合うとゆっくりと顔を近づける。



近くに居た二人を乗せた馬は目を伏せゆっくりと休む体勢に入る。





裂け谷とは対照的にここでは穏やかで甘い時が流れていた。



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2005/04/02


ケレブリアンがいっぱいでてくるってもしかして初めてですか?
以前ヒロインが生まれたばかりの話では少しだけ出てきましたが…。

彼女は後の悲惨な出来事があるので悲しい限りです…。

とりあえず、幼い娘を残し抜け出した夫婦。

取り残された裂け谷双璧。


どうなることやら…



最後にエルロンドとケレブリアンのラブラブなところをかけただけで満足です!
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