ただ走っていた。

別に目的なんてない。


ただ、何かに向かって。



周りは真っ暗で、足元だって見えない。

見えるのはあたしの姿だけ。



声を張り上げて叫んでみるけどそれは声にならなくて。

でも、遠くに誰かが見えた。


あれは…エルラダンお兄様とエルロヒアお兄様。


二人で楽しそうに談笑している。



この暗闇でお兄様たちに会えてよかった。

安心して駆け寄る。


いつもは笑顔でその両腕を開いてくれるのに、
とても冷ややかな瞳であたしを見据える。


そして…消えた。



あたしは一人ぼっち。


お兄様たちを大声で呼ぶけどそれに応えてくれる声は返ってこない。



またあたしは走り始めた。

果てのない闇の中を。


こんどはお姉さまに会った。


大好きなお姉さま。

お美しい、憧れの女性。


暗闇の中でも輝いている。


その光に触れたくて必死に手を伸ばして追いかけるけど、
また闇の中に消えた。



あたしはまた一人ぼっち。


またあたしは走り始めた。


果てしない闇の中を。


今度はグロールフィンデルに会った。

ノルドールの中でも珍しい金髪。


まるで太陽のよう。


今はなき都を守って戦い、そして命を落とした。

でも、再び同じ悲しみを繰り返さないためにこの中つ国に戻ってきた。


とても丈高い、鍛え抜かれた体の持ち主。


今まで幾度となく助けられた。


そして、また助けて欲しい。

この闇の中から。



太陽のように輝くその髪を追い求めるように手を伸ばすけど、
また闇の中に消えた。



あたしはまた一人ぼっち。


またあたしは走り始めた。


果てしない闇の中を。


今度はいつも仲睦まじいお父様とお母様。

お父様はお母様を愛していて、お母様もお父様を愛している。


裂け谷とロスロリアンで離れ離れだけど心はいつも一緒にいるみたいで。


たまに会えば目線だけで会話をして見ているこっちが恥ずかしくなるくらい。

だけど、あたしもいつかあんなふうに誰かと愛し合いたい。


二人は愛で光り輝いている。

そんな光から生まれたあたし達兄妹。


それが誇りだった。



でも、今は闇で消えてしまいそう。

お父様とお母様に手を伸ばしてみる。


どんなときだってあたしを受け入れて抱きしめてくれるはずなのに、
また闇の中に消えた。


あたしはまた一人ぼっち。


またあたしは走り始めた。


果てしない闇の中を。



出会っては消えて、走って。


それの繰り返し。


沢山の大切なエルフたちと会った。



ガラドリエル様

おじい様

ハルディア達

ギルドール

リンディア



他にもいっぱい



でも、誰一人としてあたしの手を取ってくれなかった。


一人ぼっちで立ち尽くす。


声を上げて泣いてみるけど、誰も気にも留めてくれない。

いや、誰にも聞こえてないのかもしれない。



もう嫌…


一人は嫌…




身体が熱い

喉が焼けるように痛い

頭が痛い

もう、全部がぐちゃぐちゃで



一人ぼっちが凄く辛くて

怖くて


ずっと泣いていて

声にならない声で叫び続けて


そして、また一人現れた




いつも不機嫌そうな顔で、神経質で

でも、誰よりも優しくて、優しすぎて

凄く綺麗なエルフ…




“エレストール!!!!”




沢山叫んだけど、今までで一番声を張り上げたと思う。

そして、エレストールもその声に反応してくれた。


あたしは安堵して彼の元に走り寄る。


また、消えてしまうかもしれないという不安を抱えながら。


でも、エレストールはそんああたしに手を差し伸べてくれた。



ああ、やっとこの暗闇から抜け出せる。

あたしは一人ぼっちじゃない…



そう思って彼の手を取ろうとしたけど…

それは空を切るばかり。



あの少し体温の低い、グロールフィンデルたちに比べたら少し華奢な手に触れることが出来ない。


悲しそうに表情がゆがんだ。

そして、ゆっくりとあたしに背を向けると闇に向かって歩いていく。




待って!!

置いていかないで!!


あたしを一人にしないで!!











「いぁぁぁっ!!」


はっと目が覚める。

「…ゆ、夢……?」


寝台からゆっくりと身体を起こす。

息が上がって、嫌な汗を掻いている。


ゆっくりと寝台から降りると真っ直ぐに窓へ歩みを進める。



カーテンを開けるとすっかり外は暗くなり星が光り輝く。

月はぼんやりと幻想的に光を放ち、辺りからは梟の鳴き声と虫の音が聞こえる。

館内も静まり返り、時間帯はおそらく深夜だろう。



窓を開け放つと少し冷たい風が汗ばんだの身体をなぞり心地よい。

それでも、熱は下がる様子はない。

むしろ上がっているようだ。



エルロンドが今夜は熱が上がって辛いだろう、と言っていた。



頭が朦朧として気持ち悪い。

身体も寒いのか熱いのか分からない。



それより、何より凄く心細い。


さっきの夢。

闇の中で一人ぼっち。



いつもは好きな満天の星空も、今はただ暗い闇のようで少し怖い。





重い身体を引きずるようにして寝台に戻る。

毛布を頭まで被ると本当に何も見えない暗闇。


目をぎゅっと瞑って寂しさと苦しさをこらえる。






すると自然に涙が溢れてきた。


その涙が苦しさからか、闇への恐怖か、一人だという孤独からかは分からない。

とにかくは声をこらえて泣いていた。



毛布に包まり、胎児のように身体を丸め。

嗚咽を漏らしながら肩を揺らす。




「一人は…いやぁ……」






するとふいにこの闇に一筋の光が差し込んできた。


不思議に思い、涙を拭う事もなく毛布から頭を出してみる。


するとそこには淡いオレンジ色の明かり。

それがランプの明かりだと理解するまでに少し時間が掛かった。



でも、そのランプを持っている人物が誰なのかは逆光で見えない。


だが、それはその人物の声ですぐに気がついた。



「姫…?大丈夫ですか?」


「エレストール……?」


ゆったりとした部屋着に身を包んだ顧問長の姿。


「どうしたの?こんな夜に…」

すると彼は少し困惑した表情で答えた。



「…姫が…」

「あたし?」

「ええ、姫が…泣いているような気がしたので…」




は驚くしかなかった。


たしかに泣いていたけど、大声で泣いていたわけではない。

もし、夢を見ながら声を上げていたのならすでに侍女やエルロンドたちが駆けつけているはず。


しかし、が泣いていた事に気づいていた、いや、そんな気がしたのは
エレストールだけ。



「やっぱり…泣いていたみたいですね…。」


ランプをサイドテーブルに置くとそっとの頬をなぞる。

その柔らかな頬はとても熱く、そして幾筋の涙の痕が残っている。



「辛いでしょうけど、頑張ってください。
 今日も明日、もしくは明後日には熱は下がると仰っていました。」


そう言って優しく微笑む。

そんな彼はオレンジ色の光に包まれてとても美しい。




そして、とても暖かい。





は思わずその腕に飛び込んだ。

「ひ、姫!?」


「エレストール…凄く辛くて…苦しくて…怖いの…。
 一人にはなりたくないのっ!!」



また嗚咽を上げて泣き始める。


初めは困惑していたエレストールもの背中を優しく撫ぜるとゆっくりとした
口調で宥める。



「誰も貴方を一人にはしませんよ。
 ずっと、そばにいます…。だから、安心してお休みください。」


ゆっくりと長いその髪を梳く。

が苦しくない程度に抱きしめる。

エレストールの心臓の音がとても心地よい。



安心したのか、の瞼が段々下りてくる。


「ゆっくりとお休みください。
 我らの大切な姫…」


そう呟くと、すでに寝息を立てている姫の頬に口付けを落とした。












   ***********************************













太陽がほんの少しだけ姿を見せ始めた時間帯。


エルロンドは徹夜で仕事に取り組んでいた。

その傍らでは眠そうな目を擦りながらグロールフィンデルも手伝いをしている。

(本当は非番のはずだが、双子の監視が失敗に終わったと言うことで、
 顧問長に罰として徹夜で手伝うよう言いつけられていた。)



「ん?エレストールはどうした?」

姿が見えなくなってからすでに3時間は経っているにも関わらずようやく気づいた裂け谷主。


「そういえば…少し気になることがあると言って出て行ったきりですね。」


すると丁度そこにともに徹夜で仕事をしていた女性顧問官が執務室に訪れた。



「エレストールは知らないか?」

すると彼女は昨日エレストールに皮肉を言った時と同じような
どこか裏のある笑顔で微笑んだ。


「直接的に知っているというわけではありませんが…ある程度予想はつきます。」


「すまないが、呼んで来てくれないか?
 エレストールのサインが必要な書類があるんだ。」


すると彼女は少し目を細めて考えるとまた笑顔で答えた。



「それはかまいませんが…卿も共にいらっしゃった方がよろしいかと思いますわよ。」


それには首を傾げるエルロンド。

まぁ、でもずっと一晩中机に向かってペンを走らせていたのだ。


丁度いい気分転換になるだろう。




と、言うわけで彼女の案内についていくエルロンドとグロールフィンデル。


行き着いた先は、の部屋。




エルロンドはまさか…という表情で固まる。




「失礼します。」


女性顧問官メが小さく声を掛け扉を開ける。


中には可愛らしい寝顔で安らかに眠る裂け谷の姫と、
そんな彼女を腕の中に抱きとめて優しい目線を向ける顧問長。



「…エレストール…何をしておる…。」


明らかにこめかみに怒りマークが現れるエルロンド。

別にエレストールがここにいて仕事をしていなかったことに対しての怒りではない。


正しくは、自分だってのそばにずっと居たかったのに、それが仕事のせいで
叶わなかったのだ。

にもかかわらず、なぜエレストールだけ、という逆恨みだった。


「き、卿!?」


珍しく動揺するエレストール。

その白い肌にはうっすらと朱が刺しているように見える。





「ん〜・・・なによ〜…うるさいな〜…。」

突然の訪問者のせいで、目を覚ましてしまった

そんな姫をエルロンドはさっさと顧問長の腕から奪い取る。


、どうだ?具合は?」


額と額をくっつけると、昨夜ほどの熱は感じない。

声もすっかりいつもの可愛らしい声。


「どうやら、もうすっかり良いようだな。」


安心した表情になるエルロンド。

だが、当のはまだ眠そう。



「ん〜…まだ眠い〜…」


ごそごそと寝台に戻り毛布を被りなおす。


「姫…私も眠いです…」


ぼんやりとした目で一緒に寝台に横になろうとするグロールフィンデル。



だが、それはエルロンドによってさえぎられる。


「何をしている!!そなたにはまだ仕事がある!!」


しかしグロールフィンデルの睡魔もすさまじい。

を抱えて眠ろうとしている。


それを必死に引き剥がそうとするエルロンド。









「あなたが卿たちを連れてきたんですか?」

そんな主を尻目にすこし困った表情のエレストールが女性顧問官に声を掛けた。

だが、彼女はいたって悪びれた様子もなくあっさりと自分の上司に言葉を返す。


「あら?顧問長は別にわたくしに口止めをしていませんでしたわ。」

たしかに、彼女に非はないだろう。


だが、少し腑に落ちないエレストール。


「昨日もお話しましたが、まさか姫に変な気をおこしてないでしょうね?」

イシルメのつかみ所のない笑顔。

さすがのエレストールも面を喰らってしまう。


「変な気とは…そんなことあるわけないでしょう。」

「まぁ、そうですけど…。
 どちらにしても、女性の部屋にましてや主の御息嬢と二人きり…とはあまり感心しませんわよ。」



そう告げると彼女はその美しい長い黒髪を揺らしながら一人執務室へと戻っていった。


そんな彼女の後姿を眺めながらエレストールが一言。



「…やっぱり苦手だ…彼女…」












色々あったが、エルロンドたちの懸命な看護(一部誤植あり)により
は2日で完治したのだ。


そして、双子の兄たちに連れられてブルーベリー摘みに向かう姿が目撃されたとか。





余談だが、が熱を出したということが、ロリアンまで伝わっていたらしく
すっかり全快したにも関わらず、ガラドリエルとケレボルンから沢山の栄養剤が届いたとか。




夏ももう目前。

体調管理には気をつけましょう。






das Ende


2004/06/10



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はい、詰め込みました。

なんだかラストがあやふや…。
とりあえず、エレストールの腕で眠るシーンが書きたかったんです。


どうでもいいですが、熱の時って情緒不安定になりますよね?
毒苺は具合が悪いときにテレビで料理番組をやっていると、
その人たち全員に殺意を抱きます(ぇ
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