エレストールがしばらく馬を走らせると開けている水辺に出た。


小さく風がふいているためか水面はすこしだけ波打ち、
月明かりに照らされてキラキラ輝いている。




音に注意を払い、耳を澄ましてみるが何の足音も声も聞こえない。

水音だけがエレストールの耳に響く。




ここが安全であると確信すると、未だにキツク目を瞑り恐怖に震えているに声を掛ける。


「姫、もう大丈夫ですよ。目を開けてください。」




エレストールの声に一瞬ピクッと反応し、恐る恐るゆっくりと瞳を開ける。

反射的に握り締めていたエレストールの長衣もそれに合わせるようにゆっくりと離す。




が自分の服を離したのを確認すると軽やかに馬から飛び降り、
馬上のの両脇に手を入れ地面に降ろしてやる。



改めての身体に傷がないか確認すると、今まで暗がりにいたせいで気づかなかったが、
頬に一筋の切り傷があった。


「姫!!これは…」


「え?あ、これは森の中を走ってるときひっかけちゃって…。」



オークの毒の刃での傷ではないと知りエレストールは安堵のため息をつく。




いつも常備している清潔なハンカチを取り出すと水に湿らせる。

それを持って、の目線にあわせるように跪くと、
その傷口を優しく拭き始めた。




隣では今まで顧問長と姫を乗せて全力で走った馬が喉を潤している。







「他に怪我をしたところはありますか?」


にまったく怪我はない。

むしろあんな化け物相手に一人で戦ったエレストールの方が怪我がないか心配になる。



それでも驚きと、未だに残っている恐怖心のせいで
“怪我はない”と首を左右に振るしか出来なかった。




「そうですか…。」



瞳を閉じの無事を感謝すると、しっかりと目を見据えそして口を開いた。


「姫…朝は申し訳…」


「待って!!」


エレストールの謝罪の言葉をは少し大きい声で遮る。





「姫…?」


「謝らないで…。謝らないでよ…。悪いのはあたしなのに…。
 あたしが我侭で、言われたこともやらなかったのに…。」



急に感情的になったせいか、の瞳からは無意識に涙が零れる。


流れ出る涙が見つかりたくないのか、必死にそれを袖で涙を拭う。




「も、もう泣かないから…。ちゃんと勉強もするから…だから…だから…
 嫌いにならないでぇ!!」




もう拭いきれないほど、ボロボロと涙が流れ出る。







エレストールは驚いたように瞳を見開いていたが、ほんの少しだけ微笑むと
跪いたままの小さな身体を抱き寄せる。





「姫…。本当に怖かったり、辛かったら泣いてもいいんですよ。」


ポンポンとあやす様に背中を叩くと、普段からは想像が出来ないくらい優しい声で言う。




「それに、姫を嫌いになるわけ無いでしょう?卿や王子達、グロールフィンデル、谷の者達、
 ロリアンにいる母君達だって貴女がとても大切なのですよ。―――もちろん私も…」




“だから”と言葉を繋げ、少しだけ厳しい口調で言う。



「結界の外に一人で出ないでください。皆とても心配していますよ。」




言葉にしなくてもエレストールも心配してくれた一人だと確信できた。


馬に乗って外へ来ているのに、格好は朝に見た顧問長の長衣のまま。

着替える余裕も無いくらい急いだのだろう。



は反省の気持ちと同時に嬉しさが込み上げた。





「ごめんなさい…ありがとう…。」


エレストールの銀掛かったグレーの瞳を見つめると、
彼の首に抱きつき声を押し殺して再び震えながら泣き始めた。



そんな自分の姫に微笑ましさを感じながらも、
二人を照らす月明かりを見上げ少しだけ感じる目尻の熱さを遮るように目を閉じた。

















   **************************************














「エレストール!!」



愛馬アスファロスに乗ってグロールフィンデルが現れる。

後ろには双子の王子達もいた。




「向こうにオークたちの死体があったからまさかと思ったんだが…。」


月明かりのせいか、または焦りのせいか彼らの表情は青白かった。




「姫ならここに…。」


そう言ってエレストールは自分の腕の中で目を瞑っているを見せる。



「姫!!ま、まさか…」


3人は駆け寄り掴みかかろうとしたが、
それをエレストールの鞘に納まったままの剣によって遮られる。



「何を勘違いしているのですか!!姫は眠っているだけです!!」


声を潜めながらも厳しい物言い。


だが3人はその物言いで安心したかのように地面に座り込む。


「先ほど…泣き疲れたのか急に眠り始めたんですよ。」


“エルフなのに…”と言いながら優しくの涙の跡を指先で拭うと前髪を梳いてやる。





可愛らしい顔で安らかに眠る姫に、皆安堵の表情をする。





「さ、じゃあ早めに戻ろう。父上達が心配してるよ。」

「オークたちも集まり始めるかもしれない。」



双子の意見にエレストールも頷く。



と、その双子は少しソワソワしながらエレストールを見ている。





「何か?」


「えっとね…。」

「その〜…。」



なかなか用件を言わない二人。

エレストールも明らかに不穏な二人に眉をひそめる。




「「を貸して!!」」



エルラダンとエルロヒアの行き成りの要望に、双璧のみならず森までも静まり返る。



「だって最近ってば僕らを警戒して抱かせてもくれないし…。」

「一緒に寝てもくれないんだよ。」




“それは貴方達の自業自得でしょう”と心の中でつぶやくが、
も出来れば身内の方が安心できるだろうと思いとりあえずエルロヒアの方へ渡そうとするが…




「え…?」




の小さな手はエレストールの長衣を掴んで放そうとはしない。


まるで、エレストールから離れたくないのか、はたまた兄達に抱き上げられたくないのか。



「王子達フラれてしまいましたね。」


クックッ、と笑いながらグロールフィンデルは言う。

不貞腐れる双子の王子達。


「二人とも!姫は玩具じゃないんですよ!早く戻らないと。オークがいつ来るか分かりませんし。
 館にいる卿達も安心させないといけません。」


エルラダンとエルロヒアは未練がましくとエレストールを見ると
諦めて自分達の馬に飛び乗った。








「仲直り出来たみたいだな。」

同僚の方に手を置きながらグロールフィンデルは耳打ちをする。



エレストールは何も言わず、ただ不適な笑みで返事をした。














帰り道、エレストールが眠ったを抱きかかえ、
その周りをグロールフィンデル、エルラダン、エルロヒアが囲んで進む。


所々オークの死体があり、きっと谷の武官達がのために倒したのだろう。




規則的に揺れる馬上では少しだけ覚醒した。


そこはいつもは厳しい顧問長の腕の中。

落馬しないようにしっかりと支えてくれる腕は、
他の男性エルフと比べて華奢だがとても安心できた。



微かに聞こえてくる心臓の音が更なる安心感をもたらし、再びを夢の小道へと誘う。


エレストールの長衣を少しだけ掴むと、
いつもより幾分か早鐘の自分の心臓を感じつつ再び眠りについた。














館に戻るとエルロンドが駆け寄り、寝惚け眼のをキツク抱きしめた。


よほど心配だったのだろう、手加減無しに抱きしめたので、
も思わず“痛いです!!”と、抗議の声をあげた。



そして、その夜は一晩かけてエルロンドと侍女達による説教が繰り広げられた。


ちなみに、その夜エルラダンとエルロヒアはにふられた鬱憤を晴らすべく、
再び結界の外へ向かいオーク狩りをしていたとかいないとか…。





次の日、世を徹して行われた説教のおかげでフラフラする頭を抑えつつ、
谷中の心配をかけたエルフ達一人ひとりに謝罪と感謝の言葉を伝えて回る。



の無事を確認して喜ぶ者もいれば思わず泣き出す者、
また説教をする者と色々な反応があった。



それが終わったらエルロンドから一ヶ月の外出禁止処分を受ける。

だがエレストールとの約束の『泣いたら〜…』がノーカウントになっていたので、
まだ良しとそれを甘んじて受けた。










数日後、の外出禁止令が続行中の時のこと、グロールフィンデルがロスロリアンに
書簡を届けると聞き、は母と姉に宛てて書いた手紙も持って行って欲しいと頼む。


もちろん返事はOK。



ピンク色の封筒を受け取ると、書簡と同じように大切にしまい込んだ。










その後、グロールフィンデルが無事にロリアンに着き、
書簡と一緒に手紙をアルウェンとケレブリアンに手渡した。



その手紙には最近の出来事から裂け谷のこと、またエルラダンとエルロヒアの悪事等
エレストールの教育の賜物といえる綺麗な字で楽しく書かれていた。


とても微笑ましい娘又は妹の手紙。



2人は微笑みながら読んでいた。





だが、追伸に差し掛かったとき、二人はピタリと動きが止まり
頬を赤らめ嬉しそうに抱き合ったり飛び回ったりした。




ケレボルンやハルディアたちは不思議そうにその光景を見つめている。

(ガラドリエルは眼力(?)で見ていたようだ。)










――――追伸




『先日、初めて恋に落ちました…』




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das Ende


2004/03/11



うわっ!!長い!!

無理やり詰め込みました。


なんだか中途半端な終わりですみません…。
夢らしくないし…。
まぁ、これは序章というわけで…。
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