深夜、は寝着のまま執務室へ向かっていた。



その小さな手で重量感のある扉をノックする。


「お父様、です。少しよろしいですか?」


たどたどしく丁寧語を繋ぐ。

すると中から顔を出したのは、父のエルロンドではなく顧問長のエレストール。



「姫、いかがなさいましたか?」


「え、エレストール…お父様は?」


「卿はまだ執務中です。御用があるのでしたら私が変わりに聞きますが?」



エレストールの事務的過ぎる対応に子供のはたじろぐばかり。


当時のはエレストールのことは嫌いではないが、どうしても苦手な相手。

いつも仏頂面で勉強やマナーを厳しく教えられてはも引いてしまうのは仕方が無い。



「あ…えっと…。じゃあ、いいです…。」

耳を下げてしゅん、と落ち込んだ表情をした。



エレストールが何か声を掛けようとしたのだろうが、
不器用な彼はにどう接したらよいのか分からないようだった。



するとエレストールの横から現れたのは見事な金髪の長身エルフ。


「姫、いかがなさったんですか?こんな夜中に…。
 もうお休みの時間でしょう。」


「グロールフィンデル…。ううん…。なんでもないの…。
 ちょっとお父様にお話をしたかっただけだから…。」


そう言い残して執務室から去ろうとすると、すぐに武官長が追いかけてきた。


「グロールフィンデル!!何をしているんですか!!まだ貴方の仕事が残っていますよ!!」

後ろから顧問長の厳しい指摘が飛んでくるが、“明日やるよ!!”と言い捨てて
を抱えそこから逃げ出した。


いきなり持ち抱えられ驚くしかない





グロールフィンデルが少し走り執務室からある程度離れるとようやくを地に下ろす。


「姫、突然のご無礼お許しください。」

方膝を着いて丁寧に謝罪をする。


そんな彼にはふるふると首を振った。


「でもどうしたの?急に…」



するとグロールフィンデルの答えには驚いた。


「姫、一人で眠るのが怖かったのでしょう?」

「えっ!?」


するとはそれが図星だったようで俯いて床を眺めてしまう。





その原因はその日の日中の出来事にあった。


の兄であるエルラダンとエルロヒアから色々な話を聞いていたとき。


ふいに人の子の街で聞いた、いわゆる怪談話をし始めたのだ。


エルフは元来人間の幽霊など恐れない。

むしろ哀れに思うはずだったが…、話し手があの双子ではエルフでも恐ろしい怪談話の
一つや二つ容易い事。



案の定その話を怖がりながらも聞いていた
は恐ろしくて一人では眠れなくなってしまったのだった。


だから、エルロンドと共に眠ろうと思ったのだが…




「知ってたの?」


見上げると少し困った表情で笑うグロールフィンデル。


「知っていた、と言うより姫の行動といいましょうか?
 なんとなく怯えたような表情でこちらに来たのでそうではないかな、と思ったんですよ。」




いつも自分を見守っていてくれるグロールフィンデル。

だからこそ、当時のは彼が大好きだったのだろう。



「グロール…一緒に寝よ?」

小首を傾げて尋ねるとグロールフィンデルもその小さな手を取り優しく口付けた。



「ご迷惑でなければ。」

その答えには嬉しくなり勢いよく抱きついた。














の部屋の寝台で、その部屋の主とグロールフィンデルは共に横になる。

寝台はにとってはとても広く大きく作られているが、
彼にとっては窮屈なのはいたしかたない。




部屋には月と星の明かりだけが差し込む。

どこからか梟の鳴き声も聞こえる。



はグロールフィンデルの腕に抱かれるようにされ、彼の大きくて長い指が
小さな姫の髪を梳く。


「でも、いいの?グロール。エレストールに怒られるよ?」

「そうですね〜…。まぁ、何とかなるでしょう。」


あはは〜、と笑うが実は内心冷や汗ものだったりする。



しばらく小声で会話をしていると、の瞬きの回数が増え
瞼がだんだん伏せられてきた。

そんな中でゆったり言葉を繋いだ。


「ねぇ…グロール…。」

「どうしました?」

「あたしね…怖かったっていうのもそうだけど…本当は……」






エルフでも聞き取りにくい小さな声でが呟くと、ゆっくりと寝息を立て夢の世界へ旅立った。


そんな姫に小さく笑うとその丸い額にキスを落とすと、
部屋の外にいる人物に声を掛けた。


「気づいていたのか?」

それは裂け谷の主エルロンドだった。


「ええ、一応武官長を担っているので。」


を起こさないように静かに寝台から身を起こす。


「エレストールに頼んで今日の執務は終わらせてもらった。」

「よく彼が了解しましたね。」

「グロールフィンデルが変わりにやってくれる、と言ったらしぶしぶ了解してくれたよ。」



“えっ!?”と頬が引き攣るがここで騒ぎ立てるわけにはいかないので
彼はすぐに自分の運命を諦めた。


の顔をこうやってゆっくりと見たのは久々だな…」

の寝台に近寄り娘の前髪を掻き上げるとそこに口付けを落とす。


「…卿、今夜は私とエレストールで執務をこなしますので、
 出来る限り姫のそばにいてあげてくださいね。」

「…?そのつもりだが…?」



その答えに満足したのか深々と礼をすると部屋を立ち去り
おそらくエレストールが眉間に皺を寄せながら仕事を処理している執務室へとむかう。


エルロンドはあまりにグロールフィンデルが簡単に仕事を変わってくれたので不思議そうだったが、
すぐに娘の安らかな寝顔に目をやり愛しそうに微笑んだ。














執務室で珍しく真剣に執務をこなしているグロールフィンデルにエレストールが声をかける。



「どうしたんですか?珍しく真面目にがんばっていますが?」

「ああ、今夜くらいは卿に父親らしくしていただこうと思ってな。」


その不可解な答えにエレストールは首を傾げるばかり。






そう、は眠りに落ちる前に、
グロールフィンデルにしか聞こえないくらい小さい声でこう言ったのだ。







“本当は…寂しいんだ…”



















再び戻って200年後の裂け谷。



「つまり、あたしは寂しかったからグロールフィンデルに懐いていたってことかしら?」

「おそらくそうでしょう。その証拠にその後卿ができるだけ姫との時間を作ることに努めたら
 私への興味は減りましたからね。」


笑って答えるが内心少し寂しいグロールフィンデルだった。



「そうだったのか…、すまなかったな。寂しい想いをさせて…。」


先ほどまでグロールフィンデルを切り殺そうとまでしていたエルロンドが、
打って変わって悲痛な表情。



「では、娘と父の溝を埋めるために今夜は共に眠ろうではないか!!
 アルウェンも!!」



「「結構です!!」」


その回答までに要した答え0.1秒。

さすが姉妹、息もぴったり。




「え、エレストール…どうしよう…。娘が反抗期だ…。」


よれよれになりながら顧問長に助けを求めるがもちろんスルー。





「さ、つもる話は沢山あるだろうし、僕らの部屋で兄妹ゆっくり話そう。」

「いっぱい面白い話もあるよ〜。」


お腹もいっぱい、満足そうな双子はとアルウェンを呼びそのまま部屋を後にした。





「さ、私たちも執務へと戻りますよ!!
 卿も、いつまでも落ち込んでないで早く来てください!!」


ペイペイ、と馬でも追いやるように自分の主を追い立てる顧問長。


「なんだ、随分不機嫌な表情だな。エレストール。悪酔いでもしたか?」

「別になんでもありません!!」

「…もしかして、姫が寂しがっていたこと知らなかったからか?」



少しからかい口調の武官長を少し睨むと、その綺麗な黒髪を掻き揚げ呟いた。


「姫が…寂しがっていたのは知っていました…。
 でも、あのときの私にはどう接したら良いか分からなかったんですよ。」


「ほう…」



意外なエレストールの答え。

彼は彼なりにのことを気に掛けていたのだろう。




「まぁ、それは200年前の話です。
 今の姫はあなたより、私の方を頼ってくださいますしね。」


勝ち誇ったような表情で執務室へ向かう顧問長の後姿。

グロールフィンデルも肩を竦めてその後を追った。










そして、アルウェンが来てから1ヶ月。

とうとう彼女もロリアンに戻らなければならない日が近づいてきた。

アルウェンの護衛としてハルディアが裂け谷まで迎えに来たのだ。


、今度は貴方がロリアンに来てね。
 皆貴方が来ることを心待ちにしているわ。」

「ええ、もちろんです。お姉さまもお元気で。
 お母様やガラドリエル様、おじい様にもよろしくお伝えください。」


や双子、父や双璧それぞれに挨拶のキスを交わす。

そんな彼女の瞳には薄っすらと涙があったのは見間違いではないだろう。






アルウェンがいた1ヶ月。

エルフにとってはほんの一瞬ではあるが、この間には姉と沢山話をした。


恋のことや将来のこと、中つ国のことやノルドールのこと。

本当に沢山。


「お姉さま、はお姉さまがあこがれです。
 お姉さまのように綺麗で賢い女性になりたいです。」


するとアルウェンはゆっくりと首を振った。


「いいえ、あなたが目指すのは私ではなくて、貴方は貴方の魅力があります。
 それを見つけ出してください。」


ゆっくりとの銀髪を撫ぜると微笑んだ。


「こんな優しいエルフたちに囲まれて貴方は花のように美しく育つわ。
 それは歴代のエルフたちに無い新しい美しさよ。」


ルシアンの再来と謳われるアルウェンの笑顔。

本当に美しく、華やかだ。



「ありがとう…ございます。」




少し照れながらも微笑んだ


「では、また。みなさま、ごきげんよう。」


馬に乗り後ろ髪を引かれながらアルウェンは護衛たちとともに裂け谷を立ち去った。





寂しそうにいつまでも彼女たちの後姿を見送る

そんな姫を元気つけるかのように裂け谷の双璧は同時に声を発した。



「「姫、早速{勉強}{剣の稽古}をしましょう!!」」


お互いににらみ合うエレストールとグロールフィンデル。


「姫はこれから書庫で勉強をするんです。剣の稽古はあとにしてください。」

「何をいう。姫はこれから剣の稽古をするんだ。勉強なんてあとでもいいだろう。」


お互いに譲らない二人。


「あたしはさすがに二つ同時はできないわ〜。」


くすくすと笑い出す


「「じゃあ間をとって僕らと馬で遠乗りしないかい?」」

どこをどうやったら間をとったことになるのは分からないが、双子もその言い争いに参戦。



「いやいや、。今日は私と物語りでも作らないか?」


一足遅れてエルロンドも参戦。







幸せそうに笑い出す




今日も裂け谷は平和です。








2004/05/23


das Ende




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はい、なんだか無理やりですね…。
ごめんなさい…。


実はただアルウェンを出したかっただけなんです…。
次はギルドールかシルマリルキャラ出したいですね〜。

シルマリルだったらフェアノール一家?
でもゴンドリン時代のグロールに会うのも捨てがたい…
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