が眼が覚めたのはそれから数時間後。


自分は確かに外で寝ていたはずなのに、部屋のベッドにいることを不思議に感じながらも
乱れた髪を手櫛で整えながら部屋の外へ出る。



同じ間隔に並ぶ扉が長く続きシンメトリーの空間が広がる。


ゆっくりと歩みを進めながら考えることは裂け谷での生活や沢山のエルフたち。




夢にまで見てしまうくらい皆に会いたい。


しかし、帰り方が分からない。





ここでの生活は楽しいはずなのに、日に日に帰りたいという気持ちが溢れてくる。


また溢れてきそうになる涙。




しかし、その涙は流される前にさっと、服の裾で拭われた。

前からマエズロスが歩いてきたからだ。



、起きたのか?」

「え、ええ。あ、もしかしてあたしを部屋まで運んでくださったのはマエズロス様?」


すると彼は少し含み笑いをした。



「いいや。私は父上からが寝ていたと聞いただけだ。
 おそらく父上がを運んだんだろう」


“あの人はに結構甘いから”と意外そうにくすくす笑っている。


もあのフェアノールが自分のことを気に掛けているとわかり
嬉しいようなくすぐったい感覚が走る。



二人で笑いあっていると急にマエズロスが深刻そうな表情になる。


「…、泣いたのか?」


擦った事により赤くなった目じりをさっと長く優しい指がなぞる。


「あ……えっと…」


返答をしかねる。

だが、マエズロスはの答えを聞かなくてもおおよその理由は気づいていたようだ。



「やはり、寂しいのか?」

こくん、と頷く





「帰り方は…?」

「…分かりません」

たちの暮らしていた場所さえ教えてくれるのならば、我々が力の限り探そう」


しかしは首を左右に振った。



「そればかりはお教えすることが出来ません」


第三紀の中つ国にある最後の憩い館、といえるわけが無い。



「我らでは力不足か…?」


マエズロスのフェアノール譲りの瞳には少し寂しそうな影が刺した。


「いいえっ!!違います!!
 …ただ……ただ…どうしてもいえないんです…」


背の高いマエズロスに訴えるように上を向き、彼の服を掴んで必死に訴えた。


「正直…あたしにもうまく説明が出来ないんです…」


俯いてしまったにマエズロスはすまなそうに声を潜めた。




「………すまなかった……困らせてしまったな」




の目線にあわせて跪くと優しく髪を梳く。


「だが、なにか役に立てることがあったらすぐに頼ってほしい。
 我ら兄弟は力の限り協力することを誓おう」



真剣で真っ直ぐな瞳のマエズロス。

この先彼の待ち受ける試練を思うととても胸が痛む。


だからこそ、今はは飛び切りの笑顔で返事をすると、
その首元に手を回し抱きついた。



「ありがとうございます…貴方はあたしにとって血のつながりが無くてもお兄様ですわ…」



そういうとマエズロスの頬にキスを落とした。


驚いた表情のマエズロス。

も頬を少しピンクにさせその横を通り過ぎた。



「あ、一つだけ今のうちにお願いがあります」

「何だ?」


するとは一呼吸おいて言った。




「ずっとずっと時が経ってここからずっとずっと遠い地で、黒髪の美しい双子に会うはずです。
 彼らを…愛してください。
 ……戒めに囚われることなく…」



不思議そうなマエズロス。

だが、の瞳はそれ以上の質問は受け付けない、と言った様子。



一度だけ小さく頷くとは満足したようにぱたぱたと小走りで去っていった。




マエズロスはそのの後姿を眺めながら、心に寂しさが広がっていることに気づいた。


















明るい光に包まれたバルコニー。


優しい風が吹いている。


そこにティータイム用に設置された椅子に腰をかけるとその絶景をは眼に焼き付けた。


「あ、

「こんなところにいたんだね」



ちょうど後ろから現れたのはエルラダンとエルロヒア。


「お兄様たち。
 どこに行っていたんですか?」


「アムロドとアムラスと色々新しい計画を…ね」


左右対称にウインクをする双子の兄には頭を抑えてため息をついた。



二人もと向かい合うようにして椅子に座る。


するとテーブルの上に一冊の本があることに気づく。


「あれ?これって…」


ハードカバーの分厚い書物。


その表紙には金の糸で刺繍が施されている。



「えっと…日記、みたいですね」


最近すっかりクウェンヤ語を読むことになれたはその刺繍の文字も簡単に読み取る。



そして、目の前に兄たちは眼を輝かせたことに気づく。



「目の前に日記があるっていったら…」


「誰だって次の行動は同じだよね?」


にやり、と笑う双子。



もだいたい予想が付いた。



「悪趣味ですよ…お兄様たち…」


「仕方ないよ。人間だってエルフだって」

「好奇心が無いと退屈で死んじゃうだろ?」



“呆れた…”と肩を竦める

それとは対照的に双子は意気揚々とその表紙を開く。



「…………」

「…………」



フリーズする双子。


「お兄様?」

「「」」


二人は同時に笑顔で声を発した。


「「読んで!!」」



つまり、クウェンヤ語が二人は読めないのだ。


はぁ、とため息をつく


その表紙を手に取るとは軽く文章を目で追った。




そういえばこの表紙どこかで見たような…


そう考えながらあるページの一文を読み始めた。






「えっと…『今日…珍しい来客があった…。それは…双子の青年と…珍しい髪色の少女…』」


そこまで読んだとき、はふと思い出した。




「お兄様たち!!これって…っ!!」


声を上げると同時にテルペリオンとラウレリンの光が交わり始めた。


だが、その光は三人の周りに集まっている。


そして体中に浮遊感を感じ光が強まった。


っ!!」

「手を取れ!!」


双子がに向かって手を差し伸べる。

光の中うまく聞かない目をどうにか凝らし二人の手を両手に取った。



「「!!エルラダン!!エルロヒア!!」」


後ろから聞こえたのは赤い髪のエルフの青年と心優しい伶人。



「マエズロス様!!マグロール様!!」


二人のエルフの名を呼ぶと更に光が強まり目の前が真っ白になった。






















「…め…ひ…め………姫…」

遠くで誰かが呼んでいる。


だが目に錘が付いているように中々開くことだ出来ない。


「姫!!起きてください!!姫!!」


軽く肩を揺さぶられ、少し苛付ついてくる。

「う…ん〜……」


「姫!!」


「ん〜・・・何よ〜…」


いやいやながら瞳を開ける。


そこは予想以上に薄暗い空間。

近くにあるロウソクの明かりでようやく足元が見える。



「姫…目を覚まされましたね」


未だにぼやける瞳を数回瞬きするとようやく全景が開けた。


目の前には安堵の表情のエレストール。

エルロンド、グロールフィンデルもいる。


隣にはエルラダンとエルロヒアも頭を抑えて必死に覚醒しようとしていた。



「あ…ここは…裂け谷?」


の様子にグロールフィンデルが不思議そうに言う。


「姫?いかがなさったんですか?
 ここは裂け谷で秘蔵書庫の中ですよ」


そういわれ辺りを見回すと沢山の本が立ち並ぶ本棚の間。


「あ…戻ってこれたんだ……」

自分の掌を眺め隣にいるエルラダンとエルロヒアと目をあわせる。



3人は一気に笑顔になり抱き合った。


よく分からないエルロンド、エレストール、グロールフィンデル。


そしてたちはそこにいる不思議そうな大人たちに順番に抱きついた。






「ごめんなさい。長い間いなくなっていて」


がすまなそうに言ったがエルロンドは不思議そうに首をかしげた。



「長い間?が部屋に戻ってから数時間しか経っていないが…」


“え?”と驚くと窓から覗いている月が目に入った。

月の形、位置から考えても確かにたちがここに忍び込んでから1,2時間しか経っていない。




「一体なんだったの?」

「夢だったとか?」

「でも3人同じ夢?」


3人とも首を傾げずにはいられない。



だが、そんな彼らは顧問長の一言によって考えることを放棄した。



「貴方たち、私の部屋からここの鍵を持ち出したでしょう?
 一体何をしようとしていたんですか?」


エレストールのその中世的な顔には明らかに怒りの様子が見て取れる。



「あ…えっと……この部屋の奥に扉を見つけて…」


そう言ってその方向を指差すが


「扉なんて無いじゃないですか」

そう、が掃除の時に見つけた、そしてこの夜忍び込んだ扉がなくなっていたのだ。

もちろん上からふさいだりした様子も全く無い。



「え?えっ?」

慌てながら壁をぺたぺた触ってみるが何か反応が現れるわけが無い。



「姫、もうよろしいですか?」

後ろから聞こえるのは静かな顧問長の声。




恐る恐るゆっくりと振り返ると美しい笑顔の顧問長。

だが、薄暗いロウソクの明かりに照らされているせいかなんだか怖い。



「あ…え、エレストール?」



「夜遅くにここで悪戯なんて言語道断です!!
 三人とも!!これから反省文を書いてもらいますからね!!」


エレストールの宣言の次に3人の慌てた声が谷中に響いたのは言うまでも無い。






そんなたちのやり取りを尻目にエルロンドは1冊の落ちている本を手に取って開いた。


それは自分の養い親の一人である伶人の日記。




彼らに育てられている時にマグロールは時々その日記を読んで微笑んでいた。


何かと尋ねるとアマンで幸せだった時に日記を読むと今でも思い出すから、という。

その時のマグロールの表情は嬉しそうであり、そして少し寂しそうでもあった。



エルロンドはその日記帳を手に持ち心で小さく祈ると本棚の少し高めの位置にその本を戻した。








たちの見たものが一体なんだったのかは
このさきエルフの長い年月を掛けても誰にも分からない。


ただ、たちがいた間アマンでは確かにフェアノール家からは笑い声が聞こえていたということ。

そして、至福の地と呼ばれるに相応しかったということは何があっても変わることは無い。




たとえそれが一時の幸せだったとしても、二本の木のように消え去ることのない。




確かなもの。









das Ende




後日談


「エレストールお願いがあるの」

「何ですか?」

「今日の歴史の勉強お兄様たちも一緒に受けてもいいかしら?」

「ええ、もちろんです」


不思議に思いながらも承諾するエレストール。


!!何を言うんだい?」

「僕らは一通りの歴史は学んだんだよ?」


冷や汗を掻く双子。

だが、は有無を言わせない笑顔で言った。


「学んでも全て抜けていては仕様が無いでしょう!!」




それからしばらく双子はややこしい歴史と同時にクウェンヤ語を学んだとか…






終わり



2004/08/08



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2004/08/05



はい、火精一家編は終わりました。

実は悩んだんですよ、このラスト。


帰る前に皆に会うべきかどうか。

でも、急に帰るということになったのでとりあえずマエズロスだけにしておきました。


もう少し笑える要素があってもよかったとちょっと後悔…


さて、次からはまたエレストール夢っぽい話になりますよw
お楽しみにw
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