次の日、侍女に起こされ体を大きく伸ばす。



着替えを手伝ってもらい、髪を編んでもらうと侍女が言ったさりげない一言に凍りつく。



「そういえば今日はエレストール様とお勉強でしたよね?
 先ほど顧問長とお会いして、午後の予定を朝食後に変更したいそうです。」


「え…。」




そう、は忘れていた。





『今日行うはずだった勉強はあすの午後にします。今度は予習復習を行うように。』





エレストールの昨日の台詞を思い出す。


そして机の上にある真っ白のノートが目に入る。


「や、やばい…。」




背中に冷たいものが走る。


エレストールは嘘をつかれることや誤魔化す事が嫌いな潔癖な性格。

なんと言い訳しても行き着く先は説教だろう。


それが自分の主であろうとその主の娘であろうと同じこと。





とりあえず食事を出来るだけゆっくり採りながらなんとか助かる方法を考えていた。










だが、時間は無情でとうとう勉強の時間になる。


古本独特のにおいのする書庫でエレストールと二人きり。


彼に想いを寄せる女性(たまにそれ以外)にとっては最高の瞬間だろう。

だがにとっては死の宣告を受ける囚人のようなもの。


もし、代わって欲しいという女性(またはそれ以外)が現れたら喜んで代わるだろう。





そんな現実逃避をしていても仕方が無い。


もっとも恐れていたエレストールの一言がとうとう発せられた。




「姫、今日はちゃんと予習復習してきましたよね?」


「えっと…あの…。」


「昨日グロールフィンデルと夕刻まで遊んでいたようですし、
 勉強を放り出してまで遊び歩いたりしていませんよね?」


痛いところを突いて来た。







顔を伏せたまま何も言わない


エレストールの顔を見なくてもなんとなく彼がどういう表情をしているか分かる。




長い沈黙が流れ、机を殴るわけでも怒鳴るわけでもなく一回だけため息が聞こえた。







「姫、根本的なことを尋ねますがどうして言われたことをしないのですか?」


「……だって…勉強嫌いなんだもの…。」


「嫌いでも大人になるには必要なことです。ましてや姫の立場なら人一倍勉強しないといけません。」




にとって一番言われたくない一言。





よく周りから言われていた。


“エルロンド卿の息女なんだから”
“裂け谷の姫なんだから”



この言葉はことごとくの心を傷つけていた。




エレストールもそのことは気づいていた。

だから今まで極力言わないよう心がけていた。



だが、自分の義務を放棄しているには言葉の武器も必要と思ったのだろう。




また書庫に沈黙が訪れる。



は相変わらず頭を下げたまま。

そしてエレストールはそんなを厳しい目線で見つめていた。




長い時間が流れたか、いやそんなに時間が経っていないのかもしれない。


やっとが搾り出すように言葉を発した。



「……エレストールはあたしのこと嫌いなの?」



のいきなりの言い草に驚いた目をするエレストール。


は肩を震わせていた。



「姫。泣いたらいけませんよ。」


問いかけにはあえて答えなかったのだろう。

また厳しい声をかける。



はきつく唇をかみ締めると勢い良く立ち上がった。


後ろから椅子が倒れた音がしたが気にしない。





「エレストールはあたしが嫌いなんだ!!」


叫んだの瞳には涙が零れんばかりに溢れている。




「少なくとも自分のやるべきことをやらずに泣いて済まそうとする方は嫌いです。」



エレストールの剣のように鋭い言葉。


とうとう我慢していた涙が溢れ出した。






「エレストールなんて大っ嫌い!!!!」





机の上のノートや書物を床に落とし、走って書庫を飛び出した。


“大嫌い”と言われた瞬間、エレストールの表情が歪んだ事はには気づかなかった。












飛び出したを追いかけもせず、落ちたノートや書物を丁寧に拾い集め机の上に綺麗に積む。



そして、外に出るわけでもなく椅子に座りなおし小さくため息をついた。








「いるのでしょう?グロールフィンデル。」



視線は変えず言葉だけを掛ける。


すると物音を立てずにドアの向こうから見慣れた金髪が現れた。




「別に覗いていたわけでは…。」


「何も聞いていませんよ。」


あっさりと返されて苦笑いするしか出来なかった。



「えっと…だな。さっきの姫の言葉だって本気じゃないだろ。
 お前だって売り言葉に買い言葉だったんだろ?」



「姫のことは分かりませんが、少なくとも私の言葉は事実です。
 自分の義務を放棄して誤魔化そうとする人は嫌いです。」



自分の意見を曲げないエレストール。

グロールフィンデルは、この言葉は自分にも多少なりとも当てはまることを自覚し冷や汗が流れた。





「では、私は仕事に戻ります。用件があったら顧問長室まで来て下さい。」


数冊の歴史書を抱えるとグロールフィンデルの横を通り抜ける。


「ま、待て。姫を追いかけないのか?」





するとぴたりと足を止め、一呼吸置いた後にゆっくりと振り向いて言い放つ。



「私が追いかけて何と言うのですか?慰めるのですか?謝罪を告げるのですか?
 そんな言葉は偽りです。」



そう言うと踵を返し書庫を後にした。




「まったく…傷ついた表情して強がらなくても…。」





普段からあまり表情の変わらない同僚の微かな変化に気づきゆっくりと髪を掻き揚げる。




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2004/03/07



ほ、本当にエリー夢!?
なんだか雲行きが…。

ところで、ヒロインについてですが現時点ではイライラするタイプで書いているつもりです。

我侭なんですよね…。
もちろん成長する過程で精神も成長する予定ですので長い目で見てやってください。


ところで、グロールがフォロー役ばかりだな…。
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